プロローグ:幸せな結婚生活
明るい朝の光が彼らの温かくて居心地の良いリビングルームに広がっていた。
理子と健太は、まだ結婚して間もない夫婦だ。
食卓には焼き上がったパンやサラダが並び、ベーコンエッグを焼くおいしそうな匂いと音が広がる。
二人は手にお互いの結婚指輪を輝かせながら、楽しそうに笑い合っていた。
理子の笑顔はまるで太陽のように輝いており、
健太はお気に入りのカフェオレを淹れ、その香りに包まれながら幸せそうに微笑んでいた。
休日は、二人はお互いの手を取り合って買い物に出かける。
手を繋ぎながら歩く姿は、周囲の人々からもほほえましく見られていた。
彼らはいつも一緒にいることが多く、「なかよしだね」といつも冷やかされていた。
夜になると、理子と健太は自宅でのんびりと過ごす。
理子が得意の料理を作りながら、健太はテーブルをセットする。
二人はお互いの近況や日々の出来事を話しながら、笑顔と笑い声が絶えない。
時には一緒に映画を見て、二人で泣いたり笑い合ったり、幸せな時間を過ごす。
理子は思った。「なんて幸せな結婚をしたんだろう」
健太とは大学のサークルで出会った。
ひとつ上の先輩だった健太はドジで、失敗する度に理子が助けていた。
一緒にいる時間が長くなり、理子が二年生に進級した時、
新一年生にいきなり「彼女の理子です」と紹介し、唐突にお付き合いが始まった。
『新入生にとられないように焦ったんだろうな』
思い出すたびこそばゆくなる二人の大切な思い出。
そんな幸せな結婚生活に破綻の足音が近づいていたなんて、
理子はちっとも知らなかった。
第1章:夫の不自然な行動
理子は最近、夫の健太が不自然な行動をとるようになったことに気づいた。
ある日、理子が仕事から帰宅すると、健太がすでに帰宅していた。
いつもは上司に連れまわされて20時になっても帰ってこないのに。
壁の時計は18時を指していました。
彼は居間のソファで寝転がってスマートフォンをいじっていました。
理子に気が付いた瞬間、健太は急いでスマホをしまい込んだように見えた。
「健太、おかえりなさい。何かあったの?」
理子は心配そうに尋ねました。
健太はほほえみながら
「いや、特に何もないよ」と答えて、トイレに向かいました。
スマホを手に持ったまま。
日々の生活でも、理子は健太の様子に不審さを感じる瞬間が増えていました。
「夕飯はいりません」という連絡が増え、夜遅く帰宅して話もせずにさっさと寝てしまいます。
スマホの着信ランプがチカチカ光り、そのたびにトイレに消えていきます。
また、理子が話しかけても、健太はうわの空で、話題を避けるような態度を見せることが多くなりました。
彼の行動の変化に、理子の心は疑心暗鬼になっていきました。
ある日の深夜、玄関ドアの閉まる音がかすかに聞こえました。
理子は健太が外出したことに気づきました。
寝室の窓から外を見下ろすと、彼は普段とは違う服装で誰かの車に乗り込んでいました。
理子は不審に思い、健太の携帯に電話をかけました。
短いようで長い時間が過ぎ、
応答のない電話を理子は静かに切りました。
翌朝、何食わぬ顔で戻ってきた健太は理子に説明しました。
「後輩がトラブってて助けを求められてさ」
詳しく話を聞きたい理子を残して、健太は慌てて出かけて行きました。
すれちがいざま健太からかすかに家のものとはちがう石鹸の香りがしました。
夫の不自然な行動に直面し、理子の心には混乱と疑念が渦巻いていました。
理子は真実を明らかにするために行動を起こす覚悟を決めました。
第2章:親友の協力
理子は親友の美咲に相談することにしました。
美咲とは中学生の頃からの親友で、お互いに何でも話し合える存在でした。
理子は美咲に電話をかけ、心の内を打ち明けました。
「美咲、最近健太が不自然な行動をとっているの。
夜遅くまで帰ってこなかったり、スマホをずっといじってたり。
本当に心配で不安なんだ」
美咲は心配そうな声で応えました。
「理子、大丈夫。私がついてるよ」
二人は翌日、健太の行動を探るために彼が働く会社に向かった。
美咲が健太を尾行し、理子は美咲の車の中で彼女の報告を待ちました。
しばらくして、美咲から電話がかかってきました。
「理子、健太が会社から出てきたよ。今向かっている場所は…あの高級レストランだよ。」
理子は驚きながらも、高級レストランでの食事なら、仕事かもしれないと思いました。
美咲と理子は高級レストランの前で待ち構え、健太が出てくるのを待ちました。
しばらくして、健太が一人でレストランから出てきました。
二人は健太の様子を伺いながら彼に近づきました。
健太は驚いた表情を浮かべながらも、理子と美咲に挨拶しました。
「健太、最近変わった様子があって心配でね。何かあったの?」
理子が尋ねました。
健太は一瞬ためらった後、深いため息をついて語り始めました。
「実は…仕事のプロジェクトが大変な状況で、上司からのプレッシャーがすごいんだ。
夜遅くまで残業しているのは、そのためなんだよ」
理子は健太を疑ったことを恥じました。
安堵が胸に広がりましたが、同時に心配も募りました。
「無理しないでね」
理子がねぎらいの言葉をかけると、健太は微笑んで手を振り、会社に戻って行きました。
第3章:つかの間の安堵
「そうか忙しかったのね」
健太が仕事のプレッシャーについて打ち明けたことで、理子は心配は和らぎました。
彼女は夫の苦労を理解し、支えることを決意しました。
その後も、健太は夜遅くまで働くことが続きましたが、理子は彼を心から応援しました。
共働きのためそれまで家事は分担しあっていましたが、それを一手に引き受けることにしました。
理子は健太の好きな料理を食卓に並べ、健太が疲れて帰ってきたときには笑顔で迎えました。
彼がリラックスできる環境を整えました。
「ありがとう、理子」
健太も理子の優しさと支えに感謝し、日々感謝の言葉を贈りました。
それだけで理子は毎日の苦労が報われる気がして幸せな気持ちになりました。
『心配なんて何もいらなかったんだわ』
健太が浮気なんかするはずがない、理子はそう思いました。
スマートフォンの画面で広告の赤ちゃんが微笑みました。
『仕事が落ち着いたらそろそろ考えてもいいかも』
そんな幸せな夢に理子は浸っていました。
そう、あのイヤリングが発見されるまでは。
第4章:イヤリング
細い金色のイヤリングでした。
ベッドシーツを取り付けているときに隙間に挟まっているのを理子は見つけました。
理子のものではなく、もちろん健太が使っているのを見たこともないし、そもそも女物です。
なにかすごく心にひっかかる、と理子は思いました。
掃除を中断して、ソファに座って考え込んでしまいました。
今日は日曜日だが健太は休日出勤しています。
あれからもう3ヶ月も経ったのに、なかなか仕事が落ち着かないようです。
「どこかで見た気がする・・」
どうしても思いさせない。
理子はイヤリングをエプロンのポケットにしまいこんで、掃除を再開することにしました。
夕日も落ち、すっかり暗くなってきました。
洗濯ものを取り込んでいると、車が家の前に止まりました。
健太が降りてきて車内の人に挨拶しています。
女性らしき手に吸い寄せられ、彼は車の窓に顔をいれました。
理子はすんでのところで、ベランダに洗濯物を落とさずに済みました。
「落ち着かなきゃ」
自分に言い聞かせて部屋に戻り、震える手で洗濯物をたたみ始めました。
「ただいま」という声が聞こえ、しばらくしてシャワーの音が聞こえはじめました。
理子はスマートフォンを取り出してSNSの画面を見ました。
金色のイヤリングをした美咲の写真。
映りこんでいる健太の仕事用の鞄。
レストランまで乗せて行ってもらった美咲の車。
あれはあの夜、健太が乗って行った車だ。
今、キスをした車だ。
第5章:夫の浮気相手は私の親友だった
「どうして・・」理子はつぶやいた。
二人が初めて会ったのは私と健太の結婚式のはず。
「あの時、『はじめまして』って言ったじゃない」
いつから裏切られていたんだろう。
視界がぐるぐる回る。
いますぐ健太と美咲に問いただしたいようで
立ち上がることすら出来ない。
「理子?」健太が返事をしない理子を探しに来た。
『私の心配よりシャワーが先だったのはどうして』
言葉にもならず、ただじっと健太を見つめた。
「真っ青だよ!大丈夫?」
健太に抱きかかえられてぞっとした。平然としている彼に恐怖を感じた。
「ちょっと・・めまいがするから先にねるね」
理子はやっとのことで口を開いて、健太の手から逃れるように寝室に逃げ込んだ。
第6章:証拠を集める
理子は次の日は有休をとった。とてもじゃないけど仕事には行けなかった。
仕事に行く健太を見送ってからワインをあけた。
冷静に考えたほうがいいとは思いながらも、少し心と体を休めたほうがいい。
チーズをかじりながらワインを揺らして、深くため息をついた。
二人して嘘をついていた。
相談にのっているフリをして、私を誘導したのだ。
「バカみたい・・」
浮気相手に、夫の浮気を相談してたなんて。
理子は何かに気づいてはっとした顔をした。
慌てて寝室の戸棚の奥から小さな金庫を取り出した。
中には印鑑や通帳が入っており、理子は一つ一つ丁寧に確かめた。
再び深くため息をつき、理子は急いで証拠を集めなくてはいけないと、
残ったワインをシンクに流した。
GPS、録音・録画、色んな案が浮かんだがどれももどかしく感じた。
『なにかいい方法はないかしら・・』
理子は美咲にショートメールを送った。
「お誕生日おめでとう!
ちょっと遠いけど行きたいレストランがあって、
よかったら誕生日のお祝いに御馳走するから一緒に行かない?」
しばらくたってから美咲から「OK」と返事が来た。
落ち着いた雰囲気のとてもいいレストランだった。
コースの料理はどれも丁寧に仕上げられた上品な味で、美咲は大喜びだった。
もっといい気分の時に来たかったっと理子は思った。
「理子はいいよね、優しい旦那さんでさ、私も素敵な結婚がしたいな」
美咲は下戸なので一滴も呑んでいないはずだが、酔っぱらっているような甘えた声で言った。
長いまつげが下がって色っぽい。
理子は自分が上手に笑えているかわからなくなっていた。
中学のクラスメイトの噂話をはじめ、なんとか話題を変えることに成功した。
帰り道、美咲が運転する車で国道を走った。
「ちょっとコーヒー買ってくるね」
美咲はいつも運転中にコーヒーを飲むので、よくこうやってコンビニによった。
「私は車で待ってるね。いってらっしゃい」
チャンスが来たと理子は準備を始めた。
第7章:裏切りへの追及
2日後の夕方、理子は健太に電話をした。
「今日は早く帰ってきてって言ったわよね」
「仕事が忙しいんだ。なるべく早く帰るから」
理子は健太に今日だけは早く帰ってくるようにお願いしたのだ。
「あのね、私全部知ってるの」
少しだけ沈黙が流れた後健太が返事をした。
「なにをだい」
「全部よ。あなたが毎日17時に退勤していることもよ」
「は、なに、なにを」
「今すぐ帰ってきてね。あなたの隣にいる方も連れてね」
健太はまだ電話の向こうでゴニャゴニャと何か言っていたが理子はかまわず電話を切った。
「美咲ちゃんはそんなことする子には見えなかったけど、本当なのかい」
居間のソファーには初老の男性が座っていた。理子の父親だ。
母親は妹の子供の世話をせねばならず、来れなかった。
「お父さんは中学生の時しか知らないものね」
中学校の先生を恐れて理子も美咲も色付きリップを隠し持つのが精いっぱいだった。
楽しかったころを思い出して理子はなんだか悲しくなった。
「理子が帰ってきたら母さんも紗理奈も喜ぶよ。
アレルギーで痒いらしくて、夜泣きが大変なんだ」
父親はどんなときも理子が進む道を受け入れてくれて、それにいつも理子は助けられた。
「お父さん先に聞く?」
理子はケースに入ったマイクロSDカードを示し、父親は頷いた。
あの日、理子は美咲の車のドライブレコーダーのマイクロSDカードをすり替えたのだ。
中には毎日退勤後逢瀬を重ねる2人の音声がしっかり入っていた。
第8章:すべての証明
ドライブレコーダーで録画したであろう車内からの映像が映し出されている。
ドアを開ける音。
健太「会いたかったよ美咲」
美咲「今日もお仕事お疲れ様!」
車が発信する音。
美咲「ねぇ?」
健太「ん?」
美咲「好きよ」
健太「ふふ、俺も」
美咲「早く健太の奥さんになりたいな」
健太「もうちょっと待ってよ。上手くやるからさ」
美咲「そう言って結構長いんですけど!」
健太「むくれないでよ、未来の奥さん」
口づけをする音
美咲「ふふ、いつもそうやって誤魔化すんだから」
健太「上手くやらないと慰謝料請求されちゃうでしょ。俺の可愛い美咲ちゃんに」
美咲「えー慰謝料はイヤだなぁ」
健太「理子有責で別れて、美咲ちゃんと一緒になる。これが幸せの道よ」
美咲「えー理子かわぃそ~」
健太「完璧すぎて息がつまるんだよアイツ。
なんでも自分が正しいと思って、ずっと俺を下だと思ってる。
人が掃除したところまた掃除するんだぞアイツ。
それなら最初から自分で掃除しろってんだ」
聞くに堪えない罵詈雑言が始まった時、玄関のドアが開いた。
ようやく健太が帰ってきた。
流れている音声を聞いて、さらに義父がいるのを見て健太は真っ青になっていた。
「美咲は?送って貰ったんでしょう?今すぐ呼び戻して!!」
理子が強い語調で言った。
第9章:明かされた真実
居間のテーブルに理子と父、健太と美咲が並んで座った。
美咲は理子と目を合わせようとせず、明後日の方向を見ていた。
「お二人には慰謝料を請求します」
理子が口を開いた。
「はぁ!」
美しい顔を見にくくゆがめ、美咲が怒気を示した。
「理子が悪いんじゃない!
ちゃんと奥さんとして健太に尽くしてたら浮気しなかったんじゃない?
夫に愛想をつかされただけじゃない。
大人しく離婚して出て行きなさいよ!」
美咲の激しい言動に、理子の父は驚いた顔で固まっていた。
理子「離婚はします。慰謝料も請求します」
美咲「だーかーらー!悪いのはアンタよ!慰謝料は悪い方が払うの。知らないの!?」
理子「あなたと私で知っている法律が違うようね」
美咲「うざ、ほんとうざいよねアンタ」
「離婚しません」
涙声で健太が叫んだ。
美咲「はぁ!?何言ってんのよ!?離婚するって言ったじゃない!」
健太「離婚しないで下さい!お願いします!」
健太はテーブルに手をついて必死に頭を下げ続けた。
理子は二人を見て、少しだけ気が晴れた気がした。
微笑み落ち着いて話し始めた。
「ここは海外赴任している叔父の家を、格安で貸して貰ってるの」
家の維持をするなど細かい条件はあったが破格の内容で、理子と健太には到底買えないクラスの家だった。
若い二人が新婚生活を楽しめるようにと叔父のイキなはからいもあったのだろう。
美咲はびっくりした顔で健太を見た。
「どういうこと?あなたの持ち家だって言ったよね」
健太は泣きながらうつむくばかりだった。
「駐車場にある高級車も叔父の車よ。あなたたち弁償することになるかもね」
叔父の車は月に一度だけ運転する約束になっている。
ドライブレコーダーにはちょっと言えないような内容が録画されていた。
その値段をしっていたのだろう、美咲はこの時初めて真っ青な顔になった。
理子「この人のこと、そんなに高給取りだと思った?
あなたがレストランに連れて行ってもらった料金も、買って貰ったブランドバックも、
全部、家を買うための貯金から捻出されてたの。
離婚はします。慰謝料も請求します。あと損害賠償も請求するから覚悟しておいてね」
終章:二人のその後
美咲はあの後はずっと呆然としていた。夢から覚めて現実に戻ってきたのかもしれない。
父が諭すように語りかけ、小さく頷いていた。
美咲は帰宅を促され、玄関から出ようとするとき、何かいいたげに口を開いた。
理子は目をそらした。何も聞きたくなかった。
ただ、静かに玄関のドアが閉じた音がした。
その後、理子は健太から家の鍵を返してもらい、家から追い出した。
「美咲の部屋に行けばいいでしょう。いつも帰ってたんだし
荷物は送るから。あぁあとベッドもね。着払いで送るわ」
健太はずっと泣いていて「ごめんなさい」「離婚しないで」と繰り返していた。
二人は結婚式の二次会で連絡先を交換し、哀しいことにアプローチは健太からだったようだ。
美人の美咲に一目ぼれしたらしい。
最初はけんもほろろだったが、叔父の車を運転している健太を見て、美咲は態度を一変させたようだ。
健太は美咲の興味を引くためにウソを重ねて、夫婦の貯金にまで手をつけたわけだ。
健太は職場で大手取引先である父の会社の担当だった。
当然というか配置換えになったが、仕事の出来なさが露呈して窓際に追いやられているらしい。
本来健太が作るべき書類も父の会社で作っていたようだった。
着払いで送った荷物は戻ってきた。今はもう美咲の部屋には誰も住んでないようだ。
美咲のキラキラしていたSNSも近頃はめっきり更新されてないと人づてに聞いた。
家を貸してくれている叔父に報告したが、なぜか大爆笑され
「僕の家と車の世話をこれからもよろしくね」と念を押された。
そういえば父は美咲のことは信じられないという顔で見ていたが、
健太に関するコメントは一切しなかった。
どういう人物か見抜いていたのだろう。父には頭が上がらない。
母は戻ってこないことを知ると心底がっかりしていた。
そんなに孫の世話が大変か!
うちの一族に健太はどんなに風に映っていたんだろう・・。
結局彼は都合のいい人間として私を選んでいたのだろう。
彼の何がよかったのか今ではもう思い出せない。
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